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京都地方裁判所 昭和53年(ワ)280号 判決

原告

松田運輸株式会社

被告

浅田猛人

ほか二名

主文

被告浅田猛人は原告に対し金一九〇万円及びこれに対する昭和五三年三月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告浅田勝治、同浅田和子に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告浅田猛人との間で生じたものは同被告の負担とし、原告と被告浅田勝治、同浅田和子との間で生じたものは原告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して一九〇万円及びこれに対する昭和(以下この年号を略す)五三年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外石津一美は次の交通事故で傷害を受けた。

(一) 日時 五一年一〇月五日午後八時一〇分ころ

(二) 場所 大津市石山寺三丁目一―五番地先県道

(三) 加害車 普通乗用自動車(京五五ゆ六七六五)原告保有

(四) 運転者 被告浅田猛人(以下被告猛人という)

(五) 被害者 訴外石津一美(以下訴外一美という)

(六) 傷害程度 後遺症等級七級の顔面挫滅創、頭部外傷Ⅱ型、右耳後部裂創、右頬骨々折、右眼窩骨折等の傷害

(七) 態様 訴外一美は加害車に同乗していたところ、加害車が道路端にあるガードレールに衝突し、前記傷害を与えた。

2  責任原因

原告及び被告らはそれぞれ次の理由により、本件事故により生じた一美の損害を賠償する責任がある。

(一) 原告 加害車を保有して自己の運行の用に供していた。

(二) 被告猛人 右事故発生につき、前方不注視、スピード違反、運転操作未熟等の過失があつた。

(三) 被告浅田勝治(以下被告勝治という)、同浅田和子(以下同和子という)両名は被告猛人の父母であるが、事故当時未成年であつた同人の監督義務者であるのにその監督義務に違反し、本件事故を惹起したものであるから、いずれも民法七〇九条の責任があつた。

3  損害

訴外一美は付添看護費、入院中の諸雑費、通院交通費、慰謝料等の損害として自賠責保険から六二七万円の支払を受けた外原告が三八〇万円を訴外一美に支払つた。原告の右の支払いは、被告猛人の過失によつて発生したものであるから、原告は被告らに連帯して支払うよう求めたが被告らはこれに応じなかつた。

4  よつて原告は被告らに対し、前記不法行為にもとづく求償として、連帯して支払額の二分の一である金一九〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である五三年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の各事実は認める。

2  同第2項の事実中(一)は認める。(二)は否認する。すなわち、当時加害車が整備不良車でタイヤも摩滅していたため、事故現場の急な左カーブで被告猛人が左に急転把しつつブレーキをかけた瞬間にタイヤがパンクしそのためカーブを回り切れずに本件事故に至つたものである。(三)のうち事故当時被告猛人が未成年であり、被告勝治、同和子が同人の親権者であつたことは認めるがその余は否認

3  同3、4項は争う。一美に自賠責保険金以外に三八〇万円もの損害があつたかどうか疑問である。しかもこの三八〇万円は被告らの同意なく原告が一美と和解して支払つたものであり、将来一美が改めて被告らに賠償請求の可能性を残しているからその半額を当然被告らに請求し得るものでなく、一美の全損害が確定した上でその半額を請求すべきである。

三  抗弁

1  過失相殺

訴外一美は、被告猛人、訴外松田由貴子、同井手利則、同金元こと金秀禧と共に加害車に同乗しており、最初、金の運転で同車を疾走させ、その後被告猛人が運転を交替して事故が起きたのである。しかも免許取得後一ケ月で未熟な運転者である被告猛人に運転させ暴走族的ドライブを共にしたもので訴外一美にも過失がある。

2  運行供用者責任

訴外一美は右のように運行の一部を支配しており、同人も損害の一部を負担すべきである。

3  仮に被告猛人に過失があつたとしても原告が整備不良車を未成年者の夜遊び用に貸したことが事故の一因であるから原告も運行供用者、不法行為者として損害の一部を負担すべき立場にある。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の各事実、同2の(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲一ないし一五号証、甲一六号証の一ないし六、甲一七号証の一、二、甲一八ないし二六号証、証人右田三郎の証言、原告代表者本人尋問の結果、被告浅田勝治本人尋問の結果(一部を除く)によると次のとおりと認められる。

1  本件事故は事故当日原告代表者の娘の松田由貴子が友人の訴外金秀禧に加害車を運転してもらい同石津一美、井手利則、被告猛人とともにドライブ中に生じた。

2  当初は金秀禧が運転していたが事故現場の一粁程手前で金秀禧が疲れたからといつて被告猛人に運転交替を申出たため被告猛人が運転席に乗り出発した。

3  現場は瀬田川に沿い南北に走る幅員八・六米ないし九・七米の舗装道路で前方が加害車の進行方向に向つて左へ約四五度カーブしているところであるが被告猛人は前方注視を怠りカーブに気づかず制限時速四〇粁をはるかにこえる約七〇粁のまま進行しガードレール直前になつて前方がカーブになつていることに気がつき急いでハンドルを左に切つたが廻り切れず加害車右前部を道路右側のガードレールに激突させ同乗中の前記四人及び被告猛人全員に傷害を負わせ松田由貴子は右眼を失明した。当時これら五人は皆一八歳の未成年者であつた。

4  本件事故は被告猛人の前記のような過失によつて発生したもので加害車の整備不良とかタイヤ不良のためではなかつた。本件衝突で右前輪タイヤが破損したがそれは加害車のタイヤがラジアルタイヤで横が当ると裂け易いためであつた。

5  被害者の中石津一美の傷害は重く同人は頭部外傷Ⅱ型、顔面挫滅創、右耳後部裂創、右頬骨々折、右眼窩骨折、顔面異物嵌入、頭頂部裂創の傷害を受け事故当日の五一年一〇月五日から同年一一月二〇日迄の四七日間桑原病院に入院して八〇針の縫合手術を受けその間ずつと付添を要した。一美は桑原病院退院後も大阪、京都、名古屋、東京の各病院形成外科の診察を受け五二年一月二八日と四月二二日に京大付属病院で目や鼻柱部分の手術を受け、同年六月二五日住友病院で目と鼻部の手術を受け又同年一〇月一三日京大付属病院で顔のケロイドの手術を受けた。一美の視力はもと両眼とも一・五あつたものがともに〇・三となつた。一美の家族は父は既に亡く母と妹一人で、一美は高校卒業後鐘紡に就職予定であつたが本件事故のためそれも出来なくなつた。

6  一美はその後も顔面、脳の後遺症に悩み自賠責保険では七級の認定を受け六二七万円の支払を受けたが京大付属病院と住友病院の治療に要した費用だけでも一三五〇万円を下らなかつた。

7  一美は右田三郎を代理人として原告に加害車の保有者を理由に損害賠償を請求して来たので原告は被告勝治にこうなつた以上賠償に応ぜざるを得ないと交渉したが同被告は払う必要がないといつてこの相談に応じなかつた。そのため原告は五二年五月一〇日一美に三八〇万円を支払つて和解した。この時に出来たのが甲二号証の和解契約書でこれにはこの和解金は一美の後遺症分を含み今後後遺症等級が加重されても追加請求せず、これ以外に何らの債権債務のないことを確認するとある。この和解契約は一美と原告間に成立したものであるが一美はこれ以上被告らに請求する考えがなく、原告が被告らに求償することを承諾する意味を含んでいる。一美は被告らとの交渉が困難なので原告のみを相手としたのであつた。

8  原告代表者は一美と前記和解を成立させその金を支払うにつき事前に被告勝治に連絡し、和解契約成立当日も被告勝治に電話したが妻の被告和子は、勝治は出張して三、四日帰つて来ない、連絡はとれないといつて勝治に連絡しなかつたので原告は三八〇万円で一美と示談する旨を告げて和解に応じた。

9  被告猛人の両親である被告勝治、和子は平素より被告猛人に安全運転を注意していた。本件事故当日、松田由貴子から数回被告猛人に誘いの電話がかかつて来たので、その都度被告和子は断つていたが最後には被告猛人が帰つて来たため取次いだところ出て行つて本件事故となつた。

以下のごとく認められ、本件事故は加害車のタイヤがパンクしたためであるとかその他以上の認定に反する甲二二、二五号証の記載や被告浅田勝治本人尋問の結果は他の証拠と比較して措信できない。

三  以上の認定事実によると本件事故は被告猛人の前方注視義務違反、制限速度違反の過失がなければ生じなかつたものであるから本来は同被告が民法七〇九条により本件被害者に対する損害賠償をなすべきところ、原告は加害車の保有者であつたため自賠法三条により被害者に賠償義務を課されているため原告は被害者一美よりの賠償請求に応じたものであるから原告は民法七一五条三項に準じて直接の加害者たる被告猛人に求償できるのであるから原告の被告猛人に対する求償請求は理由があるといわねばならない。原告が加害車を所有していたためとかその使用を許したことが不法行為を構成するものでないから原告がいわゆる共同不法行為者として負担部分があるわけではない。ただその請求が諸般の事情に照し公平を失する場合はその制限を考えてよいが本件の場合は原告自らその半額を請求しているに過ぎないのでこれを更に制限する必要はない。

被告らは原告が貸与した整備不良車が事故の原因であるというが前記のごとく加害車が整備不良であつたとかタイヤが不良のためパンクしたという証明はないのでこの点に関する被告らの主張は採用できない。

四  次に一美の被つた損害について案ずるに同人が後遺症につき自賠責保険より七級の認定を受けたことはその後遺症の程度からして当裁判所は相当と考えるし、成立に争いのない、甲一六号証の一、甲二四号証によると一美は本件事故の治療のため一三五〇万円を下らぬ費用を要したこと前記のとおりで、傷害の程度からして入院費その他に多額の費用を要したであろうことは想像に難くないので自賠責保険金六二七万円の外に原告が支払つた三八〇万円はその損害の補填となつたもので損害がないのに賠償したものということはできない。三八〇万円は損害の範囲内と認めて差支えない。

五  被告らは一美にも運行供用者責任があり、過失があつたから過失相殺すべきであるというが一美は誘われて加害車に同乗したに止まり加害車の運転を命じたわけでないから保有者ではなく、又本件事故の発生につき直接の過失があつたわけでないから被告らのいう過失相殺の主張は理由がない。ただ好意同乗者であるからその事情を慰藉料その他の損害賠償額の算定に考慮すれば足りるところ前記金額はそれを考慮しても損害の範囲内と考えられ、かつ原告も諸般の事情を考え被告らにその半額を請求するに止めているから原告の請求する一九〇万円の金額を以て不相当ということはできない。

六  最後に原告は被告猛人の両親に未成年者の監督義務違背を理由に賠償請求をしているが被告猛人は当時既に一八歳で成年に近く事理の弁識能力を有していたから両親に当然監督者責任があるわけでなく、かつ両親には独自の不法行為責任があるような故意過失があつたとは認められないので被告勝治、和子に対する本訴請求は理由がない。

七  よつて原告の被告猛人に対する本訴請求は理由があるので同被告にこの一九〇万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日であること記録に明らかな五三年三月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを命じその余の被告らに対する請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担等に民訴法八九条、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博)

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